2025年10月7日火曜日

2025年10月07日 仏教は排他主義ではないと思う

 おはようございます、今日は寒いですねえもう20日もしたら初雪が降る時期ですねえ

先日ある人に天照皇大神の掛け軸が余っていたので「要るかい?」と言うと「うちは浄土真宗なんで、掛けられないんです」と言われたのですがその後色々そうなのかなあと思って調べたのですが確かに浄土真宗宗祖親鸞は阿弥陀如来だけを信じ「南無阿弥陀仏を唱えなさい」と説いたと言うような記述を見たのですが、まず神道は本来宗教ではないという事、キリスト教は神ですが仏教の宗派は釈迦が開いた仏教を基としているという事、仏教にはお経と言う釈迦が残した経典があるという事、キリスト教もイエスキリストが弟子たちに説いた様々な事や出来事を綴った聖書があるという事、日本の仏教は飛鳥時代、西暦607年頃に聖徳太子が中国から持ち込んだとされています、そしてその聖徳太子は31代天皇の用明天皇の皇太子です、つまりは天照の血を引くという事になります、その後さまざまな宗派が生まれ、弘法大師空海、西暦804年頃、等の密教、道元の開いた曹洞宗に代表される禅宗、浄土真宗の元である、法然の開いた浄土宗、浄土宗を開いた法然は西暦1133年生まれ、浄土真宗親鸞は西暦1173年に生まれています、日本神道には神話を綴った、古事記や日本書紀はありますが経典は有りません、そして親鸞聖人は信心決定(しんじんけつじょう)阿弥陀如来を信じ切ったときには阿弥陀如来は摂取不捨の利益(せっしゅふしゃのりやく)誰一人として漏らさず極楽浄土に連れていく、絶対の幸せにすると説いています、そういうことをすべて考え合わせると親鸞はそんな小さなこと他を信仰すること、まして日本神道はこの国土を生んだ話しイザナギ、イナナミがアマテラス、オオクニヌシを含む神々を生む話しです、そして仏教は釈迦が説いた教えを様々な高僧がこうなんじゃないかああなんじゃないかと考えた派です、つまりは仏教は釈迦を信仰する事だという事になります、釈迦の教えを神道の流れをくむ聖徳太子が広め、そしてさまざまに形を変えて、今にいたります、もちろん信仰は自由ですし、解釈も自由です、俺のこの考えも正解とは言えません、俺なりの考えです、しかし何をどう考えても日本に伝わる仏教に排他的な考えは無いのではないかなあと思いますねえ

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