ありがたいねえ、一生懸命色々動いてくれている様子が伝わってくる、こういうことで、現場は動いてるのであり机上の空論というように、只値段だけとか、見て、単に安いとか、高いとかで、世の中、動いてるわけでは無いと言うことを今の世の中に言いたいし、自分もそうありたいと思う
金属も穀物商品取引も指標として値段を見るのはいいが、我々は現物取引をしてるわけだ、タイヤもインターネットで、タイヤだけ送ってくるのは、安いかもしれない、しかし組み替えたり、バランス調整したり、廃棄のタイヤを処分したり、そこの人が、親切で、良い人であったり、作業が丁寧であったり、雑であったりとさまざまな要因がある。
以前店を持って、タイヤの販売、交換作業等をやっていたとき、従業員が、お客さんのタイヤを雑に扱う事が、よくあった、コンクリートの床にアルミホイールの表面をそっと置かずに雑に置くとか、交換作業中、外したタイヤが、邪魔な為に足でよけるなどだ、俺は自分が客だったら、すごくいやなので、見るたび、厳しく叱責した
従業員の中には、涙を流しながら、社長の言うようなことは、できない、今日で、会社を辞めさせてもらう、という人も居た、しかし早い、雑はだめだ、ちょっとゆっくりでも良い、丁寧、確実な作業だといい続けたが、みんな反発して、タイヤ事業は、俺一人でやるようになった経緯がある、結局体力的なこともあって、タイヤは、今販売以外はすべて、外注にしている。
こないだ、お前のところバッテリーの買値、安いなあと言われたので、すいません、うちは国内の精錬所向けの問屋さんなので、輸出より安いので、うちも買値、ちょっと安いんで、申し訳ありません、どこに出すかを決めるのは、お客さんだし、少しでも高く売りたいと言うのが人情だとも思うので、気にしないで、高いところに売ってください、でも欲しいんですけどと言ったら、おたがい、皆商売だもんなあとそこの社長は、笑っていた、この国の役人以外は皆売ったり買ったりで、生きてるわけだ、物を売り買いするか、技術やサービス、または労働力を売り買いするのが資本主義経済なわけだ、周りにも結構安いとか高いとか、一生懸命言う人がいるが、そんなことで、振り回されるのはさみしい人生のような気がする
もちろん無用に高いものを買う必要は無いであろう、浄土真宗をひらいた親鸞は信心決定(しんじんけつじょう)と言っている、どういうことかというと100%何の疑いも無く、阿弥陀様を信じきったとき、人は、たとえそのとき体が病気であろうとも、またどんな状況であろうとも人は絶対の幸せになれるのだといっている、その阿弥陀様の力で、幸せになると言うことを他力本願と言う訳だ、
他力とは阿弥陀様を指すのであって、たまに違う意味で使う人がいるが、そうではない、ここで言う、絶対の幸せとは、ようは自分で自分は幸せだと思えば幸せなんだと言うことだ、単に安いとか高いとかではなく、適正な価格で、うそや偽りが無く、長く付き合うことが、できるのかと言うことが、問われるのだと思う、俺もそう問われていると、常に自問自答を繰り返し、商売していきたい
札幌 不要金属 廃バッテリー 不要アルミホイール買いますの
0 件のコメント:
コメントを投稿